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【外国人材の生活支援】No.03 ゴミ出しが何度言っても直らないのは、教え方が下手だからではない

朝のゴミ集積所の前で、支援担当者と外国人材の男性が色の違うゴミ袋を見ながら分け方を確認しているイラスト ビジネス勉強会

朝の7時、スマートフォンが鳴ります。

画面に表示されているのは、自治会長の名前です。出る前から、用件はわかっています。

ゴミです。

集積所に行くと、指定袋ではない黒い袋がひとつ、ネットの外に置かれています。中身は生ごみとペットボトルとプラスチックトレーが一緒くたです。しかも今日は、燃やすゴミの日ではありません。

あなたは頭を下げ、袋を持ち帰り、寮に戻って彼らに言います。

「前にも言ったよね。ゴミは、分けて、決まった曜日に出すんだよ」

彼らはまっすぐあなたの目を見て、はっきり答えます。

「はい。わかりました!」

そして翌週、同じ場所に、同じ黒い袋が置かれています。

何度言っても直らないのは、あなたのせいではない

この場面に覚えがある方に、まずお伝えしたいことがあります。

何度言っても直らないのは、あなたの伝え方が下手だからではありません。

多くの支援担当者が、ここで自分を責めています。もっとわかりやすく言えばよかったのか。もっと怒るべきだったのか。翻訳アプリで長い文章を送った。張り紙を3か国語で作った。全員を集めて説明会もした。それでも、また同じことが起きる。

そして「自分の教え方が下手なのだ」と結論づけ、やがて諦めてしまいます。

でも、原因は別のところにあります。しかも、ひとつとは限りません。

  • 伝えた順番と、相手が受け取れる状態が噛み合っていなかった
  • こちらが「常識」だと思って省いた部分こそ、相手には一番わからない部分だった
  • 指定袋が手元になかった
  • 収集時刻と勤務の開始時刻が重なっていた

確かめるべきは、「どの場面で、何が起きて、また起きたのか」です。

仕事は覚えるのに、なぜゴミだけ直らないのか

不思議に思ったことはありませんか。

ラインの作業手順は3日で覚えます。フォークリフトの動線も、検品の基準も覚えます。挨拶もするし、遅刻もしない。真面目です。

なのに、ゴミだけが直らない。

理由のひとつは、仕事のルールと生活のルールでは、教える側の関わり方がまったく違うことです。

仕事のルール 生活のルール
教える人 毎日いる 最初の1回だけ
見本 目の前にある 見る機会がない
繰り返す機会 毎日ある 週に1〜2回
間違えたとき その場で直してもらえる 数日後に苦情として届く

これでは、覚えられないのが自然です。

ベトナムで家庭ごみの分別が義務になったのは2025年

もうひとつ、大きな前提の違いがあります。

ベトナムで家庭ごみの分別が法律上の義務になったのは、2025年1月1日です。2020年に制定された環境保護法にもとづく制度で、ごみは「リサイクルできるもの」「生ごみ」「その他」の3つに分けることになりました。

つまり、国の制度としての分別は、始まったばかりです。

いま日本で働いている20代・30代のベトナム人の多くは、この制度が始まる前に来日しています。家庭ごみの分別を、制度として経験しないまま日本の集積所の前に立っている人がいる、ということです。

もちろん個人差はあります。都市部で自主的に分けていた人も、資源ごみを業者に売る形で実質的に分けていた人もいます。

だから「全員が知らない」と決めつけないでください。確かめるべきは、目の前のその人が何を経験してきたかです。

彼らにとって「ゴミを分ける」は、私たちにとっての「初めて触る業務システム」と同じです。何のためにあるのか、どこで間違えやすいのか、間違えると何が起きるのか、まったくわからない。

そこへ「前にも言ったよね」と言われても、「はい」としか答えようがないのです。

「知らない」と「やらない」は違う

ここが大事な分かれ目です。

「やらない」は、やり方を知っていて、できる状態なのに、選ばなかったということです。これは意思の問題です。

「知らない」は、そもそも選択肢が見えていないということです。これは情報の問題です。

「ゴミを分けて」と言われたとき、日本で育った人の頭の中では、いくつもの前提が自動で補われます。

  • 何と何を分けるのか
  • どの袋に入れるのか、袋はどこで買うのか
  • いつ、何時までに出すのか
  • どこに出すのか
  • 間違えたらどうなるのか

この前提が丸ごとない状態を想像してみてください。「分けて」という言葉は、指示としては空っぽです。

日本にも「統一ルール」はない

さらにややこしいのが、日本側の事情です。

「日本のゴミ分別ルール」という統一されたものは、ありません。分別の数は自治体ごとに違い、11〜15分別の自治体がもっとも多い一方で、徳島県上勝町のように13種類45分別という町もあります。

引っ越すたびにルールが変わって戸惑うのは、日本人も同じです。

つまり、教えるべきなのは「日本のルール」ではありません。その集積所の、その曜日の、その袋のルールです。一般論を教えても、使えないのです。

具体的な教え方は、連載の後半(No.09)で取り上げます。

まとめ

  • 何度言っても直らないのは、教え方が下手だからではない
  • 生活のルールは、仕事のルールと違って、見本も繰り返す機会もない
  • ベトナムで家庭ごみの分別が義務になったのは2025年1月。制度として経験していない人がいる
  • 「知らない」と「やらない」は違う。「分けて」だけでは指示が空っぽ
  • 教えるのは「日本のルール」ではなく、「その集積所のルール」

次回は、「はい、わかりました」がなぜ理解の確認にならないのかを取り上げます。

連載「外国人材の生活支援」目次

この連載のもとになった本

この連載は、拙著『なぜ、ゴミ出しだけが何度言っても直らないのか? 悪いのは「教えたつもり」だった 外国人材の生活ルールが届く設計』(Kindle版)の内容をもとにしています。

本では、生活ルールを「どの順番で、どう教え、どう確かめるか」を、ゴミ・自転車・夜の音・病院・災害・お金まで一冊にまとめました。本人にそのまま見せられる日本語とベトナム語の一言も、項目ごとに載せています。

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出典:ベトナム|2025年から家庭ごみの分別義務化と罰則導入(VIETBIZ)

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