「わかった?」
「はい!」
外国人材の受け入れ現場で、毎日のように交わされるやりとりです。そして、「はいと言ったのに、実際には違うことをしていた」という悩みも、同じくらいよく聞きます。
これは、相手が嘘をついているわけではありません。
この記事では、「はい」が理解の確認にならない理由と、「教えた」と「伝わった」の間にある5つの段階を紹介します。
「わかりません」と言いにくい理由
中心にあるのは、「面子(メンツ)」という考え方です。
ベトナムでは、周りからの評価や人間関係の中での体面が、行動に強く影響します。「わかりません」「もう一度教えてください」と言うことは、面子を傷つけることだと受け取られる場合があります。
特に、同僚や先輩がいる場では言い出しにくくなります。
全員を集めた説明会で「質問はありますか」と聞いても手が挙がらないのは、質問がないからではありません。その場では聞けないからです。
また、はっきり「いいえ」と言わず、黙ることで疑問や反対を示すこともあります。日本人には「納得している」ように見える沈黙が、実は「困っている」という意味のことがあるのです。
「わかった?」と聞かない
ここから、実務上の結論が出ます。
「わかった?」と聞いてはいけません。
この質問への答えは、ほぼ必ず「はい」です。それは嘘ではなく、その場の礼儀です。あなたを尊重しているという表明でもあります。
でも、理解の確認にはまったく使えません。
では、どうするか。やってもらうか、言い直してもらうのです。
- 「明日のゴミ、どの袋に入れる?」と聞いて、実物を指さしてもらう
- 「何時までに出す?」と聞いて、時計を指してもらう
この2つができれば、伝わっています。できなければ、まだ伝わっていません。
たったこれだけの違いで、確認の精度はまるで変わります。
叱るのは一人ずつ、褒めるのはみんなの前で
面子の考え方から、もうひとつ大事なことが言えます。
注意やアドバイスは、一人ずつ、個別に伝えてください。
全員の前で一人を注意すると、その人は面子を失います。すると、その後あなたに本当のことを言わなくなることがあります。困りごとや体調の変化といった、大事な情報が入ってこなくなるのです。
一方で、褒めるときはみんなの前で構いません。むしろ効果的です。
日本の職場でもよく言われることですが、面子を大切にする文化の人に対しては、この使い分けをいつも以上に意識してください。
「教えた」と「伝わった」の間にある5段階
もうひとつの落とし穴は、「教えた」という言葉そのものにあります。
私たちはよく「もう教えたよ」と言います。でも、この言葉が指しているのは、たいてい「話した」という事実だけです。
伝わるまでには、少なくとも5つの段階があります。
- 話した:こちらが口に出した、または文字にした
- 聞こえた:相手の耳に届いた、目に入った。騒がしい作業場での立ち話では、ここで止まることがあります
- 意味がわかった:単語と文の意味が理解できた。「分別を徹底してください」のような漢語の多い文は、ここでつまずきやすくなります
- やり方がわかった:何を、どこで、いつ、どうするかが具体的にイメージできた。ここには実物と場所が必要です
- 実際にできた:一度やってみて、うまくいった
「もう教えたよ」と言うとき、私たちは1段階目を指しています。相手が5段階目まで届いているかどうかは、確認しない限りわかりません。
一度言っただけでは、ほとんど残らない
記憶の問題もあります。
来日直後の数日間、彼らは膨大な情報を浴びます。寮の鍵、風呂の使い方、スマートフォンの設定、銀行口座、通勤経路、作業着、タイムカード。ここに、ゴミの分別と曜日と集積所の場所と袋の種類が加わります。
しかも、そのすべてが母語ではない言葉で説明されています。
あなたが海外に赴任した初日に、現地の言葉で3時間の説明を受けたと想像してください。何割覚えていられるでしょうか。
だから「一度言った」は、実務ではほとんど意味を持ちません。忘れる前提で、教える順番を設計する必要があります。
この「順番」の決め方は、No.06から取り上げます。
まとめ
- 「はい」は同意ではなく、その場の礼儀であることが多い
- 「わかった?」と聞かず、実物を指さしてもらう、言い直してもらう
- 注意は個別に、褒めるのはみんなの前で
- 「教えた」と「伝わった」の間には、話した・聞こえた・意味がわかった・やり方がわかった・できた、の5段階がある
- 一度言っただけでは残らない。忘れる前提で設計する
次回は、張り紙が読まれない理由と、N5・N4の日本語で実際にできることを取り上げます。
連載「外国人材の生活支援」目次
- No.01 自転車の青切符が始まって半年。外国人材には「金額から」伝える
- No.02 2027年4月に育成就労制度が始まる。生活支援は定着率そのものになる
- No.03 ゴミ出しが何度言っても直らないのは、教え方が下手だからではない
- No.04 「はい、わかりました」は同意ではない ― 教えたと伝わったの間にある5段階(この記事)
- No.05 張り紙が読まれない4つの理由と、N5・N4でできること
- No.06 全部教えるから何も残らない ―「生活が止まる順」で優先順位を決める
- No.07〜No.13 公開予定
この連載のもとになった本
この連載は、拙著『なぜ、ゴミ出しだけが何度言っても直らないのか? 悪いのは「教えたつもり」だった 外国人材の生活ルールが届く設計』(Kindle版)の内容をもとにしています。
本では、生活ルールを「どの順番で、どう教え、どう確かめるか」を、ゴミ・自転車・夜の音・病院・災害・お金まで一冊にまとめました。本人にそのまま見せられる日本語とベトナム語の一言も、項目ごとに載せています。
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