簿記の勉強をしていて最初の方で出てくる疑問として、
「借方と貸方って何?何で借入金なのに貸しと書いてある方に来るの?」
というモヤモヤは誰しもが感じることかと思います
テキストなどでは特に意味は書いておらず、とりあえず かりかたの「り」が左に払っているから左側でかしかたの「し」が右に払っているから右側だと覚えれば良いとなっていることがほとんどだと思います
特に簿記の試験とは関係ありませんが、モヤモヤしたままでは気持ちが悪いので借方と貸方の言葉の由来について調べてみました!
複式簿記の由来
諸説ありますが複式簿記は中世イタリアのヴェネツィアが発祥とされています
シェイクスピアの「ベニスの商人」などでも知られていますが、当時のヴェネツィアは東方貿易(レヴァント貿易)における重要拠点とされ「アドリア海の女王」の異名を持つほど巨万の富を得ていたとされています
当然貿易が盛んなために商業も発展し、取引を記録するために公証人による文書の記録が盛んに行われており、これが簿記の始まりとも言われます
また貿易となると当面の資金を工面するためであったり、借入でレバレッジを効かせるために多額のお金が必要となり、銀行や出資者から資金を募ることになります
こうした際に出資者からの信用を得るために「いくらもうかっているのか?」といった経営状況を対外的に示す方法として複式簿記による記録が発展していったものと思われます
借方と貸方の言葉の由来
このような複式簿記の仕組みを日本に最初に導入した人物が一万円札でも有名な福澤諭吉さんだそうです
当然最初は英語で書かれている書物を読んで翻訳するわけですが、英語のDebit(負債、債務)と Credit(貸付、債権) がそれぞれ借方と貸方に相当します
西欧的な感覚としては出資する相手の立場に立って記録するという文化であったため、日本的な感覚とのズレがあったとされています
福澤先生もこの辺りの感覚のズレについては大変悩まれたことが著書「帳合之法」に記されているそうです
実際に「帳合之法」初編の31ページ目あたりに「上下2段に分け上の段には山城屋より我方へ対して同人の借の高を記し、下の段には我方より山城屋へ対して我方の借を記したる~」と記載されており、遠回しな言い方でかなり苦心されて翻訳された経緯がうかがわれます
また当時は横書きではなく縦書きが主流であったため借方と貸方が上下に分かれていたようです
34ページ目の注釈では、「西洋流の帳簿では取引先の名前を記入して、そこに貸借の差し引きを記録するため日本流の帳簿に慣れた人には紛らわしく見えるかもしれない」とも記されております
さらに注釈によると「昨今は海外との交易が増加して取引が増えるに従って帳簿の付け方も海外と同じようにしなければ大きな障害が生じると考え、原著のままに直訳した」とも書かれています
結果的に英文テキストより「借方・貸方」と訳した理由は日本がいずれグローバル化することを見越しており、西欧的な感覚に近づけるためだったようです
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参考リンク
以下の国立国会図書館のリンクより福澤諭吉さんの「帳合之法」を閲覧できます
当時の文体のため難解ですが参考程度にご参照ください
現代語訳版は以下のリンクに掲載されておりましたのでご興味のある方はご参照ください
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