最初の3日で、ゴミ・自転車・夜の音の3つを伝えました(No.09、No.10、No.01)。ここまでで、外から来る苦情はかなり減らせます。
次は、最初の1か月です。
ここで扱うのは、頻度は低いけれど、起きたときに取り返しがつかないこと。交通事故、病気、災害、お金、そして心の不調です。
この記事では、それぞれで「何を、どこまで」伝えればいいかを紹介します。
交通:事故のときの手順を、事故の前に渡す
交通は範囲が広すぎるので、場面を3つに分けて、それぞれ1つずつ覚えてもらいます。
| 場面 | 覚えること |
|---|---|
| 歩くとき | 信号が青でも、左右を見る |
| 自転車のとき | 信号・一時停止・ライト・左側・一人・スマホを見ない(No.01) |
| 電車のとき | ICカードを持たせる。駆け込まない |
いちばん効くのは、通勤経路を一緒に一往復することです。見通しの悪い交差点や車の出入りが多い場所で立ち止まり、「ここ、危ない」と指さすだけで足ります。
そして最重要なのが、事故が起きたときの手順を、事故が起きる前に伝えることです。
- 止まる:その場を離れない。立ち去ると重い違反になります(自転車も同じです)
- けが人を助ける:けが人がいれば119番
- 安全にする:後ろから来る車に追突されないようにする
- 110番:警察に知らせる。「呼ばなくていい」と言われても呼ぶ
- 会社に電話する
人の命が先で、手続きは後です。この5つを、日本語とベトナム語を並べたカードにして、財布に入れてもらいます。
病院:「我慢する」を減らす
外国人材が病院に行かないのは、怠けているからではありません。費用がわからない、言葉が通じるかわからない、休んでいいのかわからない、どこに行けばいいかわからない。これが重なると、我慢を選び、悪化してから救急に運ばれます。
教える順番は4段階です。
- 言う:体調が悪いとき、まず誰に言うかを1人に決めておく。これがいちばん大事です
- 保険の書類:マイナ保険証や資格確認書の置き場所を決める(健康保険証の新規発行は2024年12月に終わっています)
- 病院:近所の診療所を1つ決め、元気なうちに場所を見せておく
- 薬:処方箋を持って薬局へ行く流れを、一度付き添って見せる
119番に電話したとき読み上げられるよう、寮の住所を大きな字で書いた紙を電話のそばに貼っておきます。119番の通訳サービスは消防本部ごとに対応が違うので、管轄の消防本部に一度確認しておくと安心です。
そして、制度の説明より効くことがあります。「体調が悪いときは、休んでいい」とはっきり言葉にすることです。言われていないことは、許されていないと受け取られます。実際に休んだ人を、決して責めないでください。
災害:起きてからでは、伝えられない
台風や洪水の経験はあっても、大きな地震を経験したことがない人がいます。「地震、経験したことありますか」と一問聞けば、説明の深さを決められます。
伝えるのは4つだけです。
- どこへ逃げるか:最寄りの避難所に一度一緒に歩いて行く(10分)
- 何を持つか:在留カード、パスポート、保険の書類、現金、スマホと充電器、薬を1つの袋に
- 誰に連絡するか:あなたの番号と、つながらないときの決まり
- どこで情報を得るか:多言語の防災アプリ(日本政府観光局が監修した「Safety tips」など)を、平時に一緒に入れておく
アプリは、災害が起きてからではダウンロードできないことがあります。平時に5分で入れておきましょう。
そして、机の下に入る動作を一度やってもらいます。恥ずかしがっても、やってもらってください。体が覚えた動作は、混乱の中でも出てきます。
お金:失い方は3つある
お金の行き詰まりは、失踪や離職に直結します。入口は、たいてい小さなものです。
| 失い方 | 対策 |
|---|---|
| 払い忘れ(家賃・公共料金) | 口座振替や給与天引きなど、本人の記憶に頼らない仕組みにする。「日本語の手紙は捨てずに持ってきて」と伝える |
| 自動更新(携帯電話・月額サービス) | 契約に必ず同席し、「月いくら・いつまで・やめ方」の3点を指さしで確認する |
| 犯罪への巻き込み | 具体例で伝える(下記) |
特に気をつけたいのが、次のような依頼です。
- 他人の名義で銀行口座を作ってほしい
- 荷物を受け取って、別の場所に運んでほしい
- 在留カードを貸してほしい
- 簡単に高収入が得られる仕事がある
本人にその気がなくても、犯罪に加担したことになり、在留資格にも影響します。頼んでくるのは、知らない人とは限りません。同じ職場の人や友人の紹介ということもあります。だから、「誰から頼まれても、この4つは断って、私に言ってください」と伝えます。
心の不調:見えにくく、いちばん大きい
最後は、数字にも制度にも表れないものです。
母語が通じない、家族と離れている、食べ慣れたものがない、困っても誰に言えばいいかわからない。心の不調は、本人からは言い出しません。だから、変化で気づくしかありません。
- 外側:挨拶が減る、目を合わせない、遅刻が増える
- 中間:台所が使われていない、夜中に電気がついている、休日に部屋から出ない
- 中心:同僚と話さなくなる、母国への電話が急に減る・増える
外側の変化に気づいたときには、中心ではもっと進んでいます。早めに声をかけてください。
食事も、想像以上に効きます。ベトナム食材が買える店を一度案内する。寮で料理ができる環境を整える。においが気になるときは「くさい」ではなく「換気扇を回してください」と、行動だけを伝えます。
そして、相談の入口を3つ作ってください。あなた、同郷の先輩、外部の窓口(自治体の外国人相談窓口や登録支援機関など)。1つだけだと、そこに言えないことは行き場を失います。3つを紙に書いて渡しておきます。
1週間に1つずつ、4週間で
| 週 | 教えること |
|---|---|
| 1週目 | 通勤経路を一往復、事故のときのカードを渡す |
| 2週目 | 契約に同席、支払い方法を決める、郵便物は捨てない |
| 3週目 | 保険の書類の置き場所、診療所、「休んでいい」 |
| 4週目 | 避難所まで歩く、アプリを入れる、机の下に入る |
1週間に1つにするのは、間に日常があるからです。教えたことを1週間使うと、疑問が出ます。疑問が出た状態で次の週を迎えると、質問が出ます。間隔を空けることが、質問を生みます。
まとめ
- 交通は3場面に分け、事故のときの5つの手順をカードで渡す
- 病院は「まず誰に言うか」を決め、「休んでいい」と言葉にする
- 災害は逃げる場所・持ち物・連絡先・情報源の4つ。アプリは平時に入れる
- お金は、払い忘れ・自動更新・犯罪への巻き込みの3つを仕組みと具体例で防ぐ
- 心の不調は変化で気づく。相談の入口は3つ用意する
次回は、一度教えて終わりにせず、次の受け入れにつなぐ方法を取り上げます。
連載「外国人材の生活支援」目次
- No.01 自転車の青切符が始まって半年。外国人材には「金額から」伝える
- No.02 2027年4月に育成就労制度が始まる。生活支援は定着率そのものになる
- No.03 ゴミ出しが何度言っても直らないのは、教え方が下手だからではない
- No.04 「はい、わかりました」は同意ではない ― 教えたと伝わったの間にある5段階
- No.05 張り紙が読まれない4つの理由と、N5・N4でできること
- No.06 全部教えるから何も残らない ―「生活が止まる順」で優先順位を決める
- No.07 生活オリエンテーション8時間の配分例 ― 90分×4回+60分×2回を4週間に分ける
- No.08 やさしい日本語の5原則と、避けたい伝え方3パターン
- No.09 ゴミ出しは4つの確認で教える ― 何の日・どの袋・いつまで・どこに
- No.10 夜の音は「うるさい」ではなく「壁が薄い」と伝える ― よくある失敗7つと最初の3日
- No.11 最初の1か月で伝える、命とお金に関わること ― 交通・病院・災害・お金・心(この記事)
- No.12 一度で終わらせない ― 先輩に説明役を渡し、引き継ぎを残す
- No.13 (最終回)連載のもとになった本の紹介
この連載のもとになった本
この連載は、拙著『なぜ、ゴミ出しだけが何度言っても直らないのか? 悪いのは「教えたつもり」だった 外国人材の生活ルールが届く設計』(Kindle版)の内容をもとにしています。
本では、生活ルールを「どの順番で、どう教え、どう確かめるか」を、ゴミ・自転車・夜の音・病院・災害・お金まで一冊にまとめました。本人にそのまま見せられる日本語とベトナム語の一言も、項目ごとに載せています。
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